なぜ、ファーストテイクがYouTubeで人気なのか
THE FIRST TAKE とは
近年、盛り上がりを見せるYouTube業界。さまざまなYouTuberが出現し、その動きはさらに加速し続けている。そんな中、ある1つのYouTube音楽チャンネルが話題となっている。それは、THE FIRST TAKEだ。この音楽チャンネルは、マイクが1本だけ立っている真っ白いスタジオに有名アーティストが自身の曲を歌うといった構成の動画である。しかし、他の音楽チャンネルとは決定的に違うところがある。それは、参加アーティストは必ず一発撮りで歌うという条件が付いているところだ。現代では音楽や歌声を編集することは簡単なはずだが、なぜ一発撮りがウケたのか。今回はその理由に迫る。
THE FIRST TAKEが流行った理由
THE FIRST TAKEが流行した理由は3つある。1つ目は、口パク文化にウンザリした視聴者の増加だ。近年、テレビの音楽番組では口パクが噂されている。確かに音楽番組を見ると、激しいダンスをしながら歌っているグループが出演している。もちろん筆者はこれら全てのグループが口パクとは言っていない。しかし、肩で息をしながら歌って踊っているグループを見ると、さすがに歌を歌えているのか疑問に思うことはある。これは恐らく、筆者以外も感じていることだろう。特に最近はテレビ番組のヤラセが多い。そのようなことも重なり、「どうせ口パクで歌っているんだろ」といった形でアーティストが見られることが増えてしまった。その結果、視聴者は音楽番組に飽きはじめていたのである。そこで、現れたのがTHE FIRST TAKEだ。この音楽チャンネルは、高性能なマイク1本に対して、アーティストが一発撮りに挑む。もちろん一発撮りのため、失敗は許されない。万が一、少しでも音程を外せば、高性能マイクがそれを拾い、世界中へ届けてしまう。そうしたスリリングな状況で本当に歌えるのか、といったところにYouTube視聴者の需要があったのである。そのため、THE FIRST TAKEは一気に人気が出たのである。
2つ目は、一発撮りに挑むアーティストの物語性だ。THE FIRST TAKEは、ただ一発撮りに挑む映像を流すだけではない。アーティストがどのような姿で、マイク1本しかない緊迫した空間に入ってくるのか、どのような心境で歌を披露するのか、そういった映像を流すのである。そうすると、アーティストが歌う前に緊張している姿が映し出されることがある。これが視聴者の感情を引き立てるのだ。「あの有名なアーティストでも本番は緊張するんだ。」そうしたところから勇気づけられる視聴者も多い。従って、THE FIRST TAKEは、ただの音楽番組ではなく、ドキュメンタリー番組でもあるのである。しかも、ドキュメンタリー映像から音楽映像に切り替わる仕組みとなっている。そのため、アーティストの歌が、より視聴者に響きやすくなる。そうしたことから、THE FIRST TAKEのリピーターが増え、興味のないアーティストのTHE FIRST TAKEの動画も見てみようということに繋がり、再生回数が伸びるのである。
3つ目は、音楽を聞く行為を再び楽しんで聞くものに戻したことである。以前、筆者が掲載した「ミュージシャンの作る音楽プレイリストが不要なワケ」でも取り上げたが、現在はサブスクリプションサービスの影響で、音楽はBGMとして聞くものになった。しかし、THE FIRST TAKEは、先述したように音楽にドキュメンタリーと一発撮りという2つを付け加えたことで、音楽を再び、「聞いて楽しむもの」に変換したのである。これは近年、サブスクリプションで音楽を聞き流すことに慣れていたティーン層からすると、非常に新しいものとして受け入れられ、支持を得ることに成功したのである。
YouTubeに生の緊迫した音楽を
以上3つがTHE FIRST TAKE人気の秘訣である。このように見るとTHE FIRST TAKEは音楽の世界を一新したように見える。しかし、実はそうではない。昔の音楽の楽しみ方をそのままYouTubeに持ってきたのである。テレビやラジオが無かった時代の音楽は全て一発勝負だった。客がいる前で演奏し、生の歌声を聞いてもらい、評価を得る。それが一般的だった。しかし、それがいつしか音楽は何度も取り直して1番良いものを披露するスタイルへと変化していったのである。もちろんそれは一発撮りよりもキレイな音声として、視聴者の耳に届くだろう。だが、視聴者が求めているものは実はそれではない。そのアーティストが1つのヒット曲を作ることにどれだけ苦労し、困難を乗り越え、今このステージに立っているか、それが知りたいのである。ラーメン屋で例えると、「小麦は日本製で独自の技術使って麺を作っています。」といったところだろうか。このような表示を見ながら食べると、ラーメンがより美味しく感じると思う。このように、人は表に出ていることの背景を知りたがる傾向がある。そうしたことをTHE FIRST TAKEは動画冒頭のドキュメンタリー映像で表しているのである。
THE FIRST TAKEは、これまでの技術である生歌の技術と新しいYouTubeという動画サイトの技術を合わせた、まさに温故知新と言えるだろう。これからも、音楽の視聴者に生演奏、生歌の重要性を示し続けてほしい。